10 向日葵


母は私の誕生日に、小さな向日葵を花束にして贈ってくれたことがあった。

私の年の数の向日葵を束ねた花束は、黄色と黄緑色の包装紙で綺麗にラッピングされて、なんとも明るく豪華だったのを憶えている。「陽に真っ直ぐ向かって夏の日差しにも台風にも負けない向日葵は、私の中での貴方のイメージ。自分の信じることに向かって強く真っ直ぐ生きていこうとする貴方が、時々羨ましい」そう言って笑っていた。「貴方のような生き方を、私もしてみたかった」そう言われて、そんな風に思っていたのかと内心ひどく驚いたのを憶えている。

そんな母は自分を「カスミソウ」に例えていた。庭で薔薇を育て、薔薇をこよなく愛していたはずなのに、娘を向日葵にたとえ、自分をカスミソウに例えた母の中に、どんな思いがあったのだろうと思うことがある。その意味を母は語らなかった。だから私も聴かなかった。今となっては聴くこともできないのでその真意はわからないままだけれど、聴かなくてもわかる気がしている。たぶん当時の私もそうだったのだろう。

次に訪れた母の誕生日、私はカスミソウを花束にして贈った。花屋のカスミソウを全て買い占めて、両手で抱えるほどの花束にして。薄桃色の包装紙に包まれたカスミソウは繊細で可憐なのに豪華で、淡雪みたいに美しかった。「お母さん、カスミソウも素敵ね」そういった私の祝いの言葉に泣き笑いした母の顔を、私はきっと忘れない。

それぞれの生活が滞りなく流れているのを、どこかで見ているだろうか。母が逝ってしまってから、家族で集まる機会はめっきり減ってしまった。それでも、それぞれが思い出したように海へ向かう。波のまにまに、面影を探して語りかけたくなるのかもしれない。生きる時代も生き方も母とは違う私の人生だけれど、この先待ち受けている様々な事象の中でも、陽に向かって真っ直ぐ顔を上げる向日葵のようで在りたいと、切に思う。


夏を迎えて風に揺れる向日葵を見るたびに、私を向日葵のようだと言った母を思い出す。
いつの間にか、向日葵は母を想う花になった。

今年もお盆が過ぎていく。
また来年。







「優芽の樹」より転載
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by yukadiary | 2018-08-15 00:00 | DIARY

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