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11 献杯


今日は偲ぶ会だと、彼が週末に言っていた。

昨年の5月、GW明け。彼の慕っていた上司が急死したと知らされて、珍しく落ち込んでいたのを思い出す。40代半ばの突然死。1部上場の企業の中でも、有能で出世頭であったK氏の訃報はあっという間に駆け巡り、仕事先では過労死ではないかと囁かれていたらしい。家族の意向で葬儀は身内のみで行われ、彼が知ったときには既に通夜も葬儀も終わっていた。

逢うなり酒が呑みたいという彼に付き合ったのだけれど、外呑みが好きな彼が珍しく家呑みを希望したので、簡単な酒の肴を用意し、彼の思い出話に寄り添ったあの日からもう1年と3月が過ぎている。あの日、酒豪を自負する彼が顔を真っ赤にして酒を呑みながら、ぽつりぽつりと静かに語るたびに心が透けて見える気がして、ゆっくり沈んでいく夜に2人で献杯をした。

苦しいとか寂しいという感情を上手く隠して生きる癖がついた男の人は、心の機微をあまり話してはくれないものだけれど、薄く笑う彼の口の端に、紡ぐ思い出の断片に、寂しさと小さな後悔が滲んでいた気がする。常に物事にあまり動じない彼のあんな顔を、あんな塞ぎ込んだ姿を見るのは初めてかもしれない。お酒を注ぎながら内心で酷く驚いたのを憶えている。

彼の語る生前のK氏は、まだ彼の中で生々しいほどに生きていた。かけてくれた言葉と心を思い返していたあの日、「泣きはしないよ」と笑っていた彼はきっと泣いていたのだろう。現実に涙を流すことができなくても、間違いなくあのとき、彼の心は泣いていた。

仕事嫌いで飄々と生きる彼が入社当時すでに有能であった上司を、いつも怒られていたんだよと零しながら、心の中で涙を流すほど慕っていたのだと感じて、そのことになぜか胸がいっぱいになった。きっと仕事を超えてあまりあるほど素敵な人だったのだと思う。あの彼がそこまで慕うほどに。それでも結局私は何も言えず、ただK氏を偲んで寂しそうに笑う彼の思い出話に付き合っていただけだった。

私はその方を知らないけれど、心に刺さる棘のような後悔は痛いほどよく知っている。最後に逢った遠い佳日、もっと飲みに誘えばよかったと、もう少しまめに連絡を入れれば良かったと、悔やむ気持ちを笑い飛ばしながらあっという間に酔いの回った彼は、そのまま小さな寝息をたてて眠りについた。


もしもこの先、私が突然彼の前から姿を消したら、やっぱりこんな顔をするのだろうか。積み重ねてきた思い出を振り返ってくれるだろうか。今日のように小さな悔恨や寂しさを抱えて、泣くこともできずに杯を重ねるのだろうか。それとも夜に赦されながら涙を流すのだろうか。どこかでそうであったらいいなぁと想う私は、なんて醜悪で傲慢なのだろう。

そんな私の気持ちが透けて見えたのかもしれない。「YUKAは死なないでね」と最後に小さく呟いて眠りについた彼に驚いて、やっぱり彼にあんな顔をさせるのは嫌だなと思う。私の不謹慎で傲慢な想いを吹き飛ばしてしまうほど、彼は悲しんでいた。

あれからずっと、通夜にも葬儀にも参列できなかった淋しさを抱えていた彼は、K氏を慕う有志で偲ぶ会が開かれると聞いて参加を決めたと教えてくれた。地元を離れて呑むことが好きではない彼が、珍しく電車を乗り継いで参加する。

「いってらっしゃい。気をつけてね」とLINEをして始まった今日が終わる。きっと今頃、多くの思い出を抱えた仲間と呑んでいるのだろうと思う。この夜が明ければまたいつもの日常が始まり、尊敬する上司との過日を思い出に閉じ込めて、彼らの日常は続いていくだろう。

今日は酒の力にあがらわず、思い出の呪縛に逆らわず、その力を借りてきたらいいと思う。できれば人前で泣くことのできない男の人たちに、泣くことのできる力を貸して欲しい。静かに満ちていく夜に赦されてほしい。そして綿々と想いを語って安らかであれと願ったあとは、それらを酒に流して、きれいに呑み干して、彼らの心に抱えている憂いが少しでも晴れることを願う。


彼が慕うK氏と彼のために
今日は私も献杯を。



5.10記事





by yukadiary | 2018-08-22 22:26 | DIARY

管理人YUKA(左利き)MY弁当と日常の記録ノートです。下の「マイク」マークを押していただくとインタビュー記事が開きます。


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